
「パリオリンピックでの経験と学び」
初めてのオリンピックで得た経験
初めて挑んだオリンピック。パリでの戦いを通じて最も大きな学びとなったのは、日本代表として戦うことの「重圧」と「責任の重み」だった。
試合の中には、自分のプレーを出し切り戦い抜けたものもあれば、出し切れずに敗れてしまったものもあった。しかし、そのどちらも貴重な経験になったという。
プレッシャーに押しつぶされそうで本当に辛い瞬間もあったが、それでも逃げ出さずに最終日まで卓球という競技に向き合い、最後まで戦い抜けたことは、今後の大きな自信につながると振り返る。
大会に臨む前は、もっと緊張感に包まれた舞台を想像していた。
会場全体が重苦しい雰囲気で、選手たちがピリピリと張り詰めていると思っていたが、実際には意外と普段通りの感覚だった。もちろん、出場する誰もが胸の内に「メダルを獲得するために練習してきた」という強い思いを抱き、この特別な大会に懸けている眼差しは伝わってきた。だが全体の空気感としては、普段の国際大会と大きくは変わらなかったことが意外だったという。
さらに、オリンピックならではの光景として、卓球をよく知らない観客が数多く会場に足を運んでいた。
そのため、これまで経験した大会とは違う応援の仕方が見られたが、それがむしろ心地よく感じられた。
良いプレーが出れば会場が大きく沸き立ち、オリンピック独特の大声援の中で一球一球を楽しみながら戦うことができたことも、かけがえのない経験となった。
オリンピックと他の国際大会、気持ちの違い
例えば世界選手権の場合、団体戦とシングルスが交互に開催され、基本的に毎年出場の機会がある。それに比べ、オリンピックの舞台は4年に1度しか訪れないため、やはり特別な存在だという。
団体戦のメンバーに関しても違いがある。世界選手権では5人が選ばれるのに対し、オリンピックでは3人しか出場できない。
そのため、日本の選手たちはまず「オリンピックに出場すること」を第一の目標に掲げて戦っている。
実際、オリンピックの代表を決める先行レースは、世界選手権の先行レースとは全く別物であり、「4年に1度しかない」という点が大きな意味を持つ。
だからこそ、オリンピックには特別な価値があると感じている。
もちろん、世界選手権やその他の国際大会でもメダル獲得を目指して戦うのは同じだが、オリンピックの舞台に立つと、より一層「メダルを取りたい」という気持ちが強くなるという。
オリンピックに落ち着いて臨めたその要因
落ち着いてオリンピックに臨めた背景には、大会前に水谷隼さんや登坂絵莉さんの話を直接聞けたことが大きかったという。
最高のシナリオから最悪の展開まで、さまざまなイメージを頭の中でシミュレーションすることができた。
その準備があったからこそ、オリンピック本番では過度に緊張せず、冷静に試合に入れたと振り返る。
特に印象に残っているのは、「絶対に練習通りにはいかない」という言葉だ。
たとえ自分の調子が良くても、相手がそれ以上に調子を上げてくることもある。そうした状況でも「最後まで諦めないこと」が大切だと教えられた。
実際、団体戦3位決定戦で0-2と追い込まれた場面で戸上に回ってきた時、その言葉を思い出すことができた。それが逆境を跳ね返し、3番の勝利につながった要因のひとつだという。
また、「オリンピックだからといって特別視しすぎる必要はない。やることは世界選手権やワールドツアーと同じ」というアドバイスも大きかった。こうしたオリンピックチャンピオンたちの言葉が、戸上を落ち着かせてくれた。
世界のトップと戦った実感

団体戦での戸上の使命は、まず1番のダブルスで勝ち、2番のエース張本選手につなぐことだった。仮にダブルスを落としても、3番のシングルスでは必ず勝ち、4番、5番に流れを渡す。その役割を常に意識していた。
準々決勝の台湾戦では、そのイメージ通りに試合が進み、1番ダブルスと3番シングルスの両方で勝利をあげた。チームに2点をもたらすことができたことは大きな手応えになったという。
一方、準決勝のスウェーデン戦では、1番ダブルスと2番張本選手の勝利で理想的な流れができていたが、3番の戸上は敗れてしまった。
その時のことを「相性的に苦手意識のある相手に対し、その気持ちを引きずったまま試合に入ってしまったことが敗因につながったのかも」と振り返った。
1ゲーム目は先取したものの、2ゲーム目、3ゲーム目と接戦を落とすうちに焦りが募り、「ここで決めたい」という思いが空回りした。
メダルを強く意識していないつもりでも、「ここで勝てばメダル確定」という思いが心の片隅にあったのかもしれないと戸上は語る。相手の気迫に押され、力を出し切れずに敗れてしまったことが悔やまれる結果となった。
そして3位決定戦のフランス戦。スウェーデン戦とは逆に、0-2と苦しい状況で戸上に順番が回ってきた。
会場はアウェイ。しかも対戦相手はオリンピック前に完敗した相手で、正直勝てるイメージがなかったという。
ここで終わってしまうかもしれないという不安があった一方で、「絶対に諦めてはいけない」という強い気持ちもあった。
「自分が勝てば張本選手につながり、2-2のイーブンに戻せる」というイメージを持ち、チャンスはまだあると信じて戦った結果、3番の勝利をつかみ取ることができた。
オリンピックの重み
大会を終えた直後、まず思ったのは「日本に帰りたくない」という気持ちだった。
男子団体はリオ、東京とメダルを獲得し続けていたのに、自分たちの代でその流れを途絶えさせてしまったという悔しさと、「果たして自分は本当に日本代表として戦う価値があったのか」という葛藤に苛まれた。
正直なところ、日本に滞在する時間は精神的にきつく、早くドイツの所属チームに戻りたいと思っていたという。
今でも、オリンピックの悔しさや敗れた時の光景がよみがえって眠れなくなる夜がある。
試合でどれだけ結果を残しても、「オリンピックの悔しさはオリンピックでしか晴らせない」と戸上は強く感じている。
プレッシャーの乗り越え方
試合が始まる前、コートに入る直前には嗚咽が止まらないほどの緊張に襲われた。
対戦相手の表情を見るたびに逃げ出したくなり、「なぜ自分は卓球をやってきたのか」と後悔すら感じるほど、プレッシャーは大きかったという。
その中で支えになったのは、ベンチコーチやスタッフ、チームメイトとのコミュニケーションだった。自分の状態や不安を隠さずに相談したり、たわいのない会話を交わすことで気持ちが軽くなった。
周りの人たちからポジティブな言葉や勇気をもらうことで、「頑張ろう」と前を向くことができたという。
もし一人で抱え込んでいたら、精神的に潰れてしまっていたかもしれない。
信頼できる人たちに不安や悩みを打ち明けることで心が晴れる瞬間が訪れ、それが戸上にとってオリンピックという大舞台に挑む大きな原動力となった。
